ヘルムホルツ共鳴の仕組みについて、なるべく分かりやすく解説しました。
1.謎の現象 |ヘルムホルツ共鳴

音響について勉強していると、時々耳にするのが「ヘルムホルツ共鳴」という現象の名前。
防音では「低音を吸音する仕組み」として、楽器やスピーカーでは「低音を響かせる仕組み」として登場することの多い言葉ですが、共鳴そのものについて詳しい説明がされていることはほとんどありません。
かといって自分でヘルムホルツ共鳴について勉強しようとしても、出てくるのは「専門の方向けの難しい解説」ばかり。
今回はそんなヘルムホルツ共鳴について、なるべく分かりやすく解説しました。
※この記事は主に以下の論文と解説を参考に、一般的な物理学、音響学、音楽についての知識から書かれています。
①ヘルムホルツ共鳴 |上智大学
②2自由度モデルによるヘルムホルツ共鳴器の消音効果の検討 |日本機械学会論文集
③多孔質成形板で構成した有孔板の吸音性能と応用例 |日本音響学会誌
④ヘルムホルツ型共鳴器における開口端補正長の修正について |日本機械学会北海道支部
2.ヘルムホルツ共鳴とは

ヘルムホルツ共鳴とは「口の狭くなった壺(つぼ)」のような形をした容器で起こる不思議な共鳴現象のこと。
例えば、小さい頃にペットボトルや空き瓶、ボトルタイプの水筒などで
『飲み口の部分に向けて横からフーッと息を吹くと「ボー」「フォー」などの音が鳴る』
という遊びをしたことがある方は多いと思うのですが、実はそのとき起こっているのが「ヘルムホルツ共鳴」です。
※ヘルムホルツ共鳴を起こす「まるで楽器のような容器」のことを「ヘルムホルツ共鳴器」と呼びます。
2-1 ヘルムホルツ共鳴の音は低い

ヘルムホルツ共鳴の音は「同じ長さの楽器」に対してとても低いという性質を持っています。
例えば、長さ30.5cmほどの2Lペットボトルで起こるヘルムホルツ共鳴の音を解析してみると、その周波数(高さ)はほとんどピッタリ90Hz。
これはピアノで言えば「2番目に低いファ(F2)」に近い音です。
一方、ほとんど同じ長さ(32.5cmほど)のソプラノリコーダーが出せる一番低い音は約523Hzで、ピアノで言うと「下から5番目のド(C5)」の音。
なんと、2Lペットボトルの方が2オクターブ以上も低い音が出ていることが分かります。
一般に楽器にとっての「長さ」というのは「その楽器の最低音」を決めるとても大切なものなのですが、ヘルムホルツ共鳴にはこれが当てはまらないのです。
2-2 ヘルムホルツ共鳴の音域は狭い

ヘルムホルツ共鳴はもう1つ、「とても狭い音域だけで音が鳴る」という大きな特徴を持っています。
例えば、上の画像はギターで「一番低いファ」(F2-約87Hz)という音を出したときの音域グラフですが、そこにはさまざまな倍音や共鳴音が混ざっていることが分かります。

一方、2Lペットボトルによる「ほとんどファ」(≒F2-約90Hz)の場合、メインの音以外に大きな共鳴音(グラフの山のようになったところ/ピーク)が見当たりません。
ギターに限らず、高校物理で習うような「波の重ね合わせ」によって生まれる音には必ず「倍音」と呼ばれる共鳴音が含まれるので、それを持たないヘルムホルツ共鳴はやはり少し珍しいと言えます。
3.ヘルムホルツ共鳴の仕組み

ヘルムホルツ共鳴では、細くなった注ぎ口(容器のネック部分)の中にある空気が「1つの塊(かたまり)」として振動することで音が生まれています。
このとき正確には「胴体部分の空気」がバネのような役割をして「単振動(たんしんどう)」と呼ばれる現象を起こしているのですが、実はこれは「太鼓」などの打楽器ともよく似た仕組み。
簡単に言えば、ヘルムホルツ共鳴は「音」(空気を伝わる波)ではなく「振動そのもの」を増幅し、それを空気に伝えることで音を出しているのです。
3-1 空気の持つバネの力

一般的なバネが「長さの変化」に対して元の長さに戻ろうとする力(弾性力)を持っているように、空気は「圧力の変化」に対して元の気圧に戻ろうとする力を持っています。
例えば、炭酸飲料のペットボトルを開けるとプシュ!と空気が吹き出してきたり、真空容器のフタを開けるとシュッ!と空気が引き込まれたりするのもこの「力」によるもの。
とくに太鼓やヘルムホルツ共鳴器のように“容器が密閉されている状態”では、空気とバネはほとんど同じ性質だと考えることができます。
3-2 太鼓とヘルムホルツ共鳴器

太鼓とヘルムホルツ共鳴器は、どちらも空気のバネによって振動を増幅(共振)させて大きな音を出しています。
例えば、和太鼓では表面に張られた膜を叩くと「密閉された胴の中の空気」がバネの役割をして特定の振動を増幅し、その振動が空気に伝わって音が鳴ります。

同じように、ヘルムホルツ共鳴器では横風があたると「ネック内部の空気の塊」が振動を始め、「胴体部分の空気」がバネとしてそれを増幅することで音が生まれているのです。
※バネなどの固有の振動が重なって強め合うことを「共振」と呼び、それが音に対して起こることを「共鳴」と呼びます。
3-3 ネック内の空気の動きと共鳴

ヘルムホルツ共鳴器のネックを通り抜けた空気は、「胴体部分の空気が全方位から押し戻そうとする圧力」と「自分自身の慣性力(かんせいりょく)」※1によって少しの間「ネック内と同じ形」が維持されます。
もちろん、この空気は本来ならすぐに広がって形をなくしてしまうのですが、

「共鳴を起こす周波数」では、ちょうど容器内の反発力が最大になるタイミングで慣性力が0になり外力の向きも反転するため、空気は「広がる前に引き返して」しまいます。
弾みがついた空気は慣性力と外力によって今度はネックの外にはみ出すのですが、すると胴体部分の空気が減ってしまうため、これを引き戻そうとする吸引力が働きます。
そして、ここでまたピッタリ「吸引力が最大になるタイミングで慣性力が0になり外力も反転する」とき、ネック内の空気はまるで「1つの塊としてネック部分を行き来するように」振動を始めるのです。
つまり、ヘルムホルツ共鳴は
①ネック内の空気の動き(慣性力)
②胴体部分の空気の反発力
③外力(外からの力)
の向きと大きさがピッタリかみあう周波数(振動数)で起こると言えます。
これがヘルムホルツ共鳴の「共鳴周波数」です。
※1 慣性力:物が今の状態を維持して動き続けよう(止まり続けよう)とする力。例えば、こぐのをやめた自転車がすぐに止まらないのも慣性力が働いているため。
3-4 不思議な音が出る理由

このように、ヘルムホルツ共鳴は「空気のバネによる共振」によって起こる現象なので「容器の長さ」(中で重なることが出来る音の波長)ではなく
①ネック部分の体積(振動する空気の重さ)
②ネック部分の面積(力を受ける面積)
③胴体部分の体積(バネとしての反発力の強さ)
によって出てくる音の高さが変わります。
また、同じ理由で「共鳴する音域がとても狭い」(それ以外の音では力が逃げてしまい振動の増幅が起こらない)という性質を持っています。
だからこそ、ヘルムホルツ共鳴では一般的な楽器と比べて「とても低いピッチ(周波数)」で「とても狭い音域」の音が出せるのです。
4.共鳴器による吸音の仕組み

ヘルムホルツ共鳴器は「共鳴して出てくる音と同じ高さ(周波数)の音」を吸収する「吸音材」としての側面も持っています。
まるで楽器のような共鳴器が吸音にも利用できるのは、「共鳴」というのがそもそも「音だったものを効率よく振動に変える」という性質を持っているからです。

例えば、映画館やライブ会場などでは「低い音でお腹が震える」という体験をすることがありますが、これは「お腹が低音に共鳴しているから」だと言えます。
このときお腹は共鳴器のように「お腹の共鳴音と同じ高さの音」によって振動しているのですが、だからといって「お腹を振動させた音がさらに大きくなる」なんてことは起こりません。
ヘルムホルツ共鳴の場合は音(空気の振動伝播)をネック部分の「空気の塊の振動」に変えているのでとても分かりにくいのですが、一度「空気の塊の振動」になってしまった音が再び「音」に戻ることは簡単ではないのです。
もちろん、共鳴器の材質や形状、使用する環境によっては「共鳴によって音が豊かに響く」ということも起こるのですが、少なくとも“事実として”有孔ボードなどの吸音材では共鳴によって大きく音が減衰することが分かっています。
振動が減衰する理由(学説・難)
ヘルムホルツ共鳴で音が減衰する理由についてはネット上でよく「空気とネック部分の摩擦が原因」だと言われていますが、実はこれは論文などの中でも諸説あるテーマ。
例えば、論文③では粒子速度と流れ抵抗(空気の摩擦)によってヘルムホルツ共鳴の吸音率を計算していて、半径0.5mm以下の小さな穴では実際に測定検証もされています。
もちろん一般的な共鳴器でもこの摩擦は決して無視できないと考えられるものの、論文内では大きめの穴(図7-径0.45mm)で計算値とのズレが大きくなっています。
(元々小さな穴で起こる吸音の検証がテーマの論文です。空気と壁の摩擦は穴の面積が狭いほど大きくなります。)
一方、論文②では「ヘルムホルツ共鳴で動吸振器的に吸音が起こる」という考え方について計算と検討がされていて、とくに冒頭は読みやすいのでこのテーマにご興味のある方はぜひ読んでみてください。
こちらは空気摩擦そのものよりも「制振」に近い原理で振動が吸収されるという考え方です。
(論文②は2自由度のマスバネモデル=2つの重りとバネとして2つのヘルムホルツ共鳴器を合わせた形での計算を行なっています。イメージするのはとても難しい内容です。)
筆者は今のところ、例えば「小さなスピーカーで低音を出すことが難しい」ように、「波長の長い音」から「小さな穴の中での空気の振動」に置き換える(そこからまた音に戻す)ということ自体にそもそも大きなロスがあるのではないかと考えています。
5.身近なヘルムホルツ共鳴器

「そのものの音」を聞くことが少ないヘルムホルツ共鳴は、実は多くの楽器やスピーカー、音楽室の穴だらけの壁などでも発生しています。
知名度こそ低いものの、ヘルムホルツ共鳴は音響や音楽にとって「波としての共鳴」と同じくらい身近で大切なものなのです。
5-1 楽器

ギターやバイオリン、コントラバスなど、ボディに共鳴孔(サウンドホール、fホールなど)がある楽器では、ヘルムホルツ共鳴による低音の共鳴が起こっています。
というのも、こうした楽器は「ネック部分がとても短いヘルムホルツ共鳴器」だと考えることが出来るからです。
もちろん出てくる音のピッチ自体は弦の長さや張力などによって決まり、ボディの中では音が波としても共鳴しているのですが、ヘルムホルツ共鳴は「低音を豊かにする」という形で隠れて楽器を支えています。
また、笛の仲間にも思える「オカリナ」はヘルムホルツ共鳴そのものによって音を出している楽器として有名です。(笛は気柱共鳴の代表的な楽器です。)
5-2 バスレフ型スピーカー

「バスレフ型」と呼ばれるスピーカーではヘルムホルツ共鳴を利用して「低音の増強」をしています。
元々スピーカーでは低い音を鳴らすのが難しいのですが、バスレフ型では外枠(エンクロージャー)に穴を開けて「共鳴器としてのネック部分」を作ることで、「背面に捨てられるはずだった低音」を共鳴させて利用しているのです。

とくに正面に共鳴孔を作ったスピーカーでは「通常のスピーカーの音」と「同位相の共鳴音」がほとんど同じ位置から重なることになるため、合成波によって狙った音域の音圧が大きくなりやすいと考えられます。

※背面に捨てられる「逆位相の音」は空気のバネを挟んで共鳴することで反転し、「同位相の音」として前面に放出されます。
5-3 有孔ボード

音楽室の壁などでよく見かける有孔ボードは、実は「穴の数と同じ数の小さなヘルムホルツ共鳴器が並んだ状態」だと考えることができます。
具体的には有孔ボードの板に空いた穴がヘルムホルツ共鳴器の「ネック」にあたり、有孔ボードと壁の間のスペース(それぞれの穴を中心に均等な正方形の範囲を割り当てたもの)が「胴」にあたります。

もちろん、それぞれの穴が「本当に独立したヘルムホルツ共鳴器」として働くためには「胴を区切る仕切り」が必要なのですが、一般的な有孔ボードのように
①等間隔で同じ大きさの穴が空いている
②壁と平行に設置されている
③ある程度遠くから来た音がぶつかる
場合、背面の空気層は「1つ1つの穴に仕切りがあるのとちょうど同じ反発力」でバネとして作用できるため、結果的にはとてもシンプルなヘルムホルツ共鳴が起こるのです。
逆に言えば、有孔ボードが斜めに設置されていたり穴の大きさがランダムな場合、ヘルムホルツ共鳴の起こり方はもっと複雑になります。
有孔ボードについての詳細と計算方法はこちらの記事で紹介しています。
6.ヘルムホルツ共鳴の計算

ヘルムホルツ共鳴を起こす振動(音)の周波数は主に
①ネック部分の面積
②ネック部分の長さ
③胴体部分の体積
によって計算することができます。
ただし、ヘルムホルツ共鳴の式は「容器の形によって補正値が変わる」ということに注意が必要です。
①一般公式

「ヘルムホルツ共鳴の一般公式」です。
一番基本となる式ではあるのですが、ネックの長さに対して「開口端補正」を考えなければ実用的にはほとんど使えません。
物理的な式の解説(難)
ヘルムホルツ共鳴は「ネック内の空気の塊」が振動する「空気のバネによる単振動」であると考えることができます。
[f:固有振動数 π:円周率 k:バネ定数 m:重りの質量 ρ:空気密度 c:音速 S:ネックの面積 l:ネックの長さ V:胴体部分の体積]
単振動の式はf=1/2π√(k/m)
kに気体のバネ定数である体積弾性率(ρc^2)を代入すると、f=1/2π√(ρc^2/m)
体積弾性率は1㎥の気体が1㎡に受ける圧力に対しての弾性率なので、今回圧力を受ける面積とバネとなる気体の体積から体積弾性率にS/Vを掛けてf=1/2π√(Sρc^2/Vm)
気体のバネにおいてmは面密度(面積あたりの重さ)に変換する必要があるためmをm/Sとしてf=1/2π√{ρ(Sc)^2/Vm}
mは「ネック内の空気」の体積と空気の密度からm=Slρと表せるためf=1/2π√(Sc^2/Vl)
よって、f=c/2π√(S/Vl)
実際の空気は「ネックから少しはみ出して振動する」ので、気柱共鳴のような「開口端補正」が必要になります。
②開口端補正を含む式

式の補正後、定数に近い部分を計算して3桁までで四捨五入したものです。
楽器やスピーカー、有孔ボードなどで使いやすいように、長さの単位を(cm)で統一していますので気をつけてください。
※必要に応じて音速も正確な数値で計算してください。また、開口端補正については「ある程度正確な数値」ですのでご容赦ください。
開口端補正について(難)
ヘルムホルツ共鳴での実際の空気は「ネックから少しはみ出して振動する」(ネック部分の空気より少し広い範囲の空気が振動する)ため、ネックの長さ(l)には「開口端補正値」を足して計算する必要があります。
今回は論文④(ヘルムホルツ共鳴の補正がテーマ)といくつかの論文の実験データや理論値を参考に0.8rとしました。(rはネックの直径)
ちなみに論文内ではネックの長さが0に近い場合の係数がπ/4(約0.79)、無限に近い場合の係数が8/3π(約0.85)です。
※例えば有孔ボードについての論文で使われていると思われる係数も0.8~0.86程度で幅があり、実際に設計段階で正確な補正値を求めることは難しいと思われます。
筆者は昔ギターと防音のためにヘルムホルツ共鳴を勉強していたのですが、あまりの難しさと情報の少なさに一度は挫折しています。
どうしても「3行で簡潔に」とはいかないテーマですが、同じように今「音」が好きで勉強されている方に、この記事が少しでも面白いと思っていただけていれば幸いです。