有孔ボードの防音効果と吸音の仕組みから、その使い方まで。なるべく分かりやすく解説しました。
1.謎の吸音材 |有孔ボード

防音について調べていると、「少し変わった吸音方法」として度々目にするのが有孔ボードという言葉。
一般に防音が難しい「低音の吸音」に対して効果があるとされていますが、その仕組みや使い方について詳しい説明がされていることはほとんどありません。
また、有孔ボードが背面の工夫によって「広い帯域を吸音できる」ということも一部の界隈でしか知られていないように思います。
今回はそんな謎めいた有孔ボードの防音能力や基本的な使い方について、なるべく分かりやすく解説しました。
※この記事は主に以下の論文を参考に書かれています。
①2自由度モデルによるヘルムホルツ共鳴器の消音効果の検討 |日本機械学会論文集
②目隠し板を有する広帯域孔あき板吸音構造 |日本音響学会誌
③ヘルムホルツ型共鳴器における開口端補正長の修正について |日本機械学会北海道支部
④平行壁間のフラッターエコー低減に関する基礎的研究 |戸田建設株式会社
⑤音響材料と背後構造 |神戸大学大学院工学研究科
2.有孔ボードとは

有孔(ゆうこう)ボードとは音楽室や音楽ホールの壁などで目にすることが多い「等間隔で穴が空いた板材」のこと。
防音材としては低音に効果があること、狙った帯域(周波数)が大きく吸音されることが有名で、一般に有孔板、穴あき吸音板、パンチングボードとも呼ばれています。
有孔ボードは多くのホームセンターで販売されていて、塗装の有無などにもよりますが値段は915×1825×38mmサイズのもので5000円前後。通常の合板などに比べるとかなり高めです。
穴のサイズや間隔などに決まりはないのですが、市販品としてはとくにピッチ(穴の間隔)が1インチ(約2.5cm)、穴の直径が4~5mmの有孔ボードをよく見かけます。

最近ではそのアレンジ性から防音目的ではなく「オシャレなDIY壁」として紹介されることも多く、一般の通販サイトでは比較的小さなサイズの有孔ボードも売られています。
※Amazonでもマグネット対応のものなど「オシャレな有孔ボード」がかなり目立ちます。リンクは木材店の有孔ボードで建材サイズのもの。
3.有孔ボードの防音効果
防音材として広く使用されている有孔ボードには主に4つの防音効果があります。
3-1 板そのものによる吸音

少しマイナーですが大切なのが「板そのもの」が音を吸収することによる吸音効果。
例えば、コンクリートの壁に囲まれた部屋に比べると木の板が貼られた部屋の方が音が柔らかくなるイメージがあるように、有孔ボードは「穴の有無に関係なく」板そのものがわずかに音を吸収してくれます。
その効果は板の素材や重さなどによっても変わり、いずれも「強力な吸音効果」ではないものの、音の響きを整える「調音」という視点では決して無視できない影響力です。
3-2 音の拡散(散乱)

拡散というのは壁の表面に凹凸を作ることで「1つにまとまっていた音」をバラバラな方向に跳ね返すこと。
例えば、引っ越したばかりでまだ何もない部屋では音が不自然に響きすぎるイメージがあるのに対して、机や本棚など大きな家具をたくさん置いた部屋では音が自然で聴きとりやすく感じるのはこの拡散(と吸音)が関係しています。
有孔ボードの穴によって直接拡散されるのは小さな凹凸の影響を受けやすい「とても高い音」に限定されますが、中高音の一部は板で跳ね返る音とその奥の壁で跳ね返る音に分かれるので、こちらも拡散や分散に近い効果が期待できます。
有孔ボードはとくに高い音で指摘されることの多い反響雑音「フラッターエコー」に対して一定の効果があると言われていますが、実際の反響音に対しては「散乱」よりも「広域吸音」による影響の方が大きいかもしれません。
フラッターエコーと定常波
音が全く拡散されていない部屋では、同じ方向に音が何度も反射して重なることで「定常波(定在波)」と呼ばれる状態の音が生まれやすくなります。
定常波というのは「音と音が重なって大きくなり、さらに進行方向を一切なくしてしまったような状態」のことで、定常波が生まれると「特定の音が反響してノイズのように聞こえる」「音が聞こえてくる方向が分かりにくくなる」「立つ位置によって聞こえる音が変わる」などの影響があります。
防音の世界ではとくに高い音で生まれる定常波をフラッターエコーと呼び、低い音で生まれる定常波や共鳴音をブーミングと呼びます。
例えば、狭い部屋で手をパン!と叩いたときに「ビィーン」「キン」という音が残って感じるのがフラッターエコー、屋外なら聞き取りやすい男性の話し声がある室内では「ボンボン」と低く響いて聞き取りにくく感じるのがブーミングです。
※低音を拡散しようとすると「壁自体をギザギザにする」など大掛かりな凹凸が必要になり、中高音(2~4k Hz)でも10cm前後の凹凸が有効とされています。
3-3 背後空気層での広域吸音

有孔ボードの背面にウレタンスポンジなどの「多孔質吸音材」を貼り付けて使用する場合、比較的広い音域に対して吸音効果が得られます。
その理由は、ウレタンスポンジなどの空気抵抗によって「空気の流れ」が遮断され、有孔ボードと壁の間にある空間が「遮音性の低い1つの部屋」のようになるからです。
このスペース内で反射したり共鳴(気柱共鳴や定常波としての共鳴)した音は通常の反射に比べればはるかにエネルギーを吸収されて「元の部屋に戻ってくる」ことになります。

また、中低音を吸音しやすい「壁から離れた位置」(空気の動きが激しい位置)に吸音材を設置できることも有孔ボードによる広域吸音の大きな要因です。

ただし、この吸音効果は壁と有孔ボードの距離や板に対する穴の開口率、合わせて使用するウレタンスポンジの厚さなどにも大きく左右されるので、有孔ボードにとってはあくまで「補助的なもの」と考えるのが良いでしょう。
※この広域吸音は厳密には「ウレタンスポンジと空気層によって生まれる吸音効果」です。また、多くの文献や実験ではウレタンスポンジを使用しても「有孔ボードの吸音周波数(ピーク)」がズレることはないとされています。
3-4 共鳴による中低音の吸音

一般に防音で有孔ボードを使う一番大きな目的になっているのが、無数の穴の中で起こる共鳴による「中低音の吸音」です。
中低音の吸音はコストとスペースの問題から元々とても難しく、例えばウレタンスポンジなどで低音をしっかり吸収するために必要な空間は50cm前後。
部屋の両側に設置すればそれだけで部屋が1mも狭くなってしまうだけでなく、ぎっしり敷き詰めれば小さな壁でも数十万円からの費用がかかってしまいます。
これに対して、有孔ボードは低音を吸音するために必要なスペースが比較的小さくて済むだけでなく、設置にかかる材料費もウレタンスポンジより安いという優れもの。

ただし、ウレタンスポンジが広くバランスよく音を吸収してくれるのに対して、有孔ボードの共鳴は「特定の音だけが大きく吸音される」という性質を持っています。
そのため、例えば「無響室」のように残響音をなるべく残したくない場合には有孔ボードはあまり向いていないことに注意が必要です。
逆に、特定の音域だけを狙った吸音や自然な音の反射などは有孔ボードの得意分野です。
※一般にはこのバランスを取ったり吸音効率をさらに高めるため、有孔ボードの背面にウレタンスポンジなどを裏打ち(貼り付け)します。
4.有孔ボードの吸音の仕組み

有孔ボードの穴の中では「ヘルムホルツ共鳴」と呼ばれる共鳴現象による吸音が起こっています。
本当に簡単に言えば、ヘルムホルツ共鳴を起こした「特定の周波数(高さ)の音」は有孔ボードの穴の中だけで振動するようになり、外に出られなくなってしまうのです。

このとき、正確には背面にある空気がバネの役割をして「空気の振動」を壁に繋ぎ止めている(穴の中に閉じ込めている)のですが、この「音のエネルギーによって穴の中で振動している空気」というのは、実は穴の中で振動を始めた時点ですでに「音」と呼べるものではなくなっています。
ややこしいことを百も承知で書くのなら、有孔ボードは音(空気の振動伝播)からのエネルギーを背後空気層(空気のバネ)で受け止めて「穴の中の空気の塊」の振動に置き換えることで吸収しているのです。
つまり、少し複雑な過程があるだけで有孔ボードで起こっていることは「ただ共鳴音を吸収して物が震えている状態」と同じだと言えます。

そのため、有孔ボードは
①共鳴した特定の音域が大きく吸収される
②共鳴する音域は穴の中にある空気の量(実際に振動するもの)と、穴の背面にある空気の量(振動を支えるもの)によって決まる
という性質を持っています。
だからこそ、有孔ボードでは「穴の大きさや深さ(板厚)」と「穴と穴の間隔や壁との距離」が大切だと言われるのです。
ちなみに、音から受け取ったエネルギーが減衰する理由については「空気と穴の摩擦が原因」だとも言われていますが、これは論文などの中でも諸説あるテーマ。
とくに一般的なサイズ感の有孔ボードでは、「制振材」に近い仕組みで音が吸収されているという説の方が正確かもしれません。
5.有孔ボードの使い方

有孔ボードは使用する板の規格(穴の大きさなど)とメインで吸音したい音域に合わせて「壁と板の距離」(背後空気層の厚さ)を調節して使います。
実際に設置するときには左右の壁や天井、床に対して有孔ボードの端がくっついた状態(背後空気層の左右上下が密閉された状態)でないと思ったような吸音効果が発揮されないことに気をつけて下さい。
また、背面にウレタンスポンジなどを貼り付けることで吸音効率を高めつつ、短所でもある「吸音バランスの悪さ」を補うことができます。
もちろん防音に使えるスペースに合わせて板の厚みや穴の大きさなどを調整しても良いのですが、DIYだと少し難易度が上がってしまうかもしれません。
考察① 背面の多孔質吸音材について

背面に貼り付ける多孔質吸音材(ウレタンスポンジやグラスウールなど)はどれくらいの厚みが良いのか、というのは実は「最適」を見つけるのが難しいテーマではないかと思います。
というのも、有孔ボードの背面での吸音帯域やバランスは空気層とウレタンスポンジ両方の厚さ(と形)に影響を受けると考えられるからです。
オーソドックスなのは5cm程度のフラット(凹凸がなく平坦)な吸音材を貼り付けることのように思えますが、背後空気層での吸音は今でも効果を高めるための工夫・研究が続けられている分野。
とくにDIYでは吸音材の厚みは2cmなら2cm、5cmなら5cmと決めてしまって、「有孔ボードと壁の距離を最優先」に設計するのが良いかもしれません。
考察② 斜めに設置すると広域吸音できるのか

有孔ボードについてよく知らなかったころ、筆者は「有孔ボードを壁に対して斜めに設置すればバランスの良い広域吸音が出来るのではないか」と考えていたのですが、実際にはそう上手くはいかないと考えられます。
その理由は「背後の空気層が均一に受け止めるはずだった音の力(圧力)」が、空気層の広い方に向かって「横向きに」逃げてしまうから。
つまり、背後の空気層がそれぞれの穴の共鳴音域をある程度均一にしてしまうのです。また、バネとしての反発力が弱まって「ヘルムホルツ共鳴」としての影響力が小さくなってしまう可能性も高いです。

どちらにしてもその計算は簡単ではなく、この考え方で綺麗な広域吸音をしようとすると「壁との距離が同じ穴」(この例では縦の列)ごとに圧力が逃げないようにする「仕切り」を作る必要があります。
すると今度は「壁の位置ごとに吸収される音が変わる」という状況になってしまうので、これが「良い広域吸音」と呼べるかはその設置目的によって大きく変わってしまうでしょう。
考察③ 不均一な穴と開孔率による吸収音域の変化

穴の大きさや間隔をバラバラにした場合でも、背後の空気層で「圧力が偏って横に逃げてしまう」という状況が生まれるため、「綺麗に穴のサイズごとの音域が吸音される」という事はないと考えられます。

これについては通常の有孔ボードの「穴と穴を結ぶ線の交点」の位置に新しく小さな穴を空けるという方法での計算値(論文②のFig.3)が公開されているのですが、

結果的にはヘルムホルツ共鳴による最大吸音率が少し下がり、それぞれの穴で予想される吸音ピーク(共鳴音域)をなだらかに結んだような形で広域吸音が起こっています。

また、この検証では「穴の数が増えた」(開孔率が上がった)ことによって背後空気層の吸音効果も大きく変化しているのですが、「広域吸音」とのバランスを考えるという意味では面白い結果です。

こちらも計算して設計するのは相当難しいと思いますが、吸音される音域の「低い部分」はヘルムホルツ共鳴に頼っているので、少なくとも同じ環境で「有孔ボードなし」の方がバランスよく吸音できるということはないでしょう。
6.空気層の厚さと吸収する音の計算

有孔ボード(ヘルムホルツ共鳴)で吸収される音の高さ(周波数)は
①穴の直径
②板の厚さ
③穴のピッチ(間隔)
④板と壁の距離
で決まります。

実際に計算するときには「穴のピッチ」が「穴の中心同士の距離」だということに気をつけてください。また、計算に使用するのは「壁とウレタンスポンジ」ではなく「壁と有孔ボード」の距離です。
厳密には気温や湿度なども考慮する必要があるのですが、よほど徹底した製作環境でなければあまり気にしなくていいかと思います。
①基本の計算式

定数に近い部分を筆者が計算して3桁までで四捨五入した式です。
どうしても難しい形にはなってしまうのですが、上の式に数字を入れていくと色々な有孔ボードの吸音周波数を求められます。
今回は使いやすいように長さの単位をすべて(cm)で統一していますので、(mm)や(m)のまま数字を入れてしまわないように気をつけてください。
※必要に応じて音速も正確な値で計算してください。また、この計算では板の厚さを「開口端補正」しているのですが、これについては「ある程度正確な数値」としてご容赦ください。
物理的な式の解説(難)
お好きな方向けの解説です。
筆者の導出過程(自分用の検算のようなもの)なので、もし間違っていましたらどうか記事下のお問い合わせページから教えて下さい。
なお、有孔ボードでのヘルムホルツ共鳴は「穴の中の空気の塊」が振動する「背後空気層(気体)のバネによる単振動」であると考えることができます。
[f:固有振動数 π:円周率 k:バネ定数 m:重りの質量 ρ:空気密度 c:音速 S:穴の面積 l:穴の深さ V:穴1つあたりの背後空気層の体積]
単振動の式はf=1/2π√(k/m)
kに気体のバネ定数である体積弾性率(ρc^2)を代入すると、f=1/2π√(ρc^2/m)
今回圧力を受ける面積はS、バネとなる気体の体積はVなので体積弾性率にS/Vを掛けてf=1/2π√(Sρc^2/Vm)
気体のバネにおいてmは面密度(面積あたりの重さ)に変換する必要があるためmをm/Sとしてf=1/2π√{ρ(Sc)^2/Vm}
mは「穴の中の空気」の体積と空気の密度からm=Slρと表せるためf=1/2π√(Sc^2/Vl)
よって、f=c/2π√(S/Vl)
これは一般的なヘルムホルツ共鳴の公式と同じ形で後はSとVを計算すればいいのですが、実際の空気は「穴から少しはみ出して振動する」ため、lに「開口端補正値」を足す必要があります。
今回は論文③(ヘルムホルツ共鳴の補正がテーマ)といくつかの論文の実験データや理論値を参考に、0.8rを使用しました。(rは穴の直径)
※論文③内での補正値の係数はl(板の厚さ)が0に近い場合でπ/4(約0.79)、無限に近い場合で8/3π(約0.85)です。実際に逆算してみても、有孔ボードについての計算では0.8~0.86程度の係数が使用されていることが一般的です。
また、有孔ボードの場合は全ての穴に対して
・同時に同じ圧力がかかる
・同じ面積で等間隔に並んでいる
・背面の環境が等しい
という条件を満たす場合にしかこの式が成立しません。(空気のバネとしての反発力が横に流れてしまうため)
例えば、有孔ボードを斜めに設置したり至近距離から一部の穴にだけ音を入射させたりする場合、計算式と同じ結果を得ようとすると背面に仕切りを作ってそれぞれの穴を「独立したヘルムホルツ共鳴器にする」必要があります。
②市販品用の計算式と目安

一般によく売られている規格に近い有孔ボードを想定して、計算式を簡単にしました。
対応する有孔ボード
穴の直径:0.5cm
ピッチ:2.54cm(1インチ)
板厚:0.38cm
空気層の厚さと吸音音域の目安
5cm→479Hz
10cm→338Hz
15cm→276Hz
20cm→239Hz
30cm→195Hz
40cm→169Hz
低音狙いの場合は、空気層の調整よりも板の規格を変更(穴のピッチや板厚を少し大きくする)方が楽かもしれません。
有孔ボードの要とも言える「ヘルムホルツ共鳴」は実は大学レベルの物理現象。
本当はお好きな方向けにさらにもう一歩踏み込んだ解説もしたかったのですが、記事の長さが2倍ほどになってしまうため今回は割愛とさせていただきます。
一部はどうしても難しい内容になってしまいましたが、何か勉強や設計のお役に立てていましたら幸いです。
追記:①開口端補正値を僅かに修正しました。②ヘルムホルツ共鳴についての解説記事ができました。(こちら)