謎多く魅力的な演奏に溢れるフィンガースタイルギターの世界に迫りました。
※この記事内の参考動画は全てクリックするまで読み込まれません。筆者の主観ですが世界でも指折りの演奏を厳選していますので、データ容量を気にしなくても良い環境でぜひご覧ください。
1.フィンガースタイルとは
フィンガースタイル(Fingerstyle)とはギターの指弾き系ジャンルを幅広く含む演奏ジャンルのこと。
おそらくは「Finger picking style」を省略して作られた造語で、日本ではもちろん、海外でも広く使われ始めたのは比較的最近のお話です。
※以前はギター独奏を意味する「ソロギター」や「ギター ソロ」「フィンガーピッキング」という表現がよく使われていました。
そのため、フィンガースタイルは伝統的なギター演奏よりは「今風のおしゃれな演奏」のタイトルとして見かけることの多い単語だと言えます。
演奏の自由度が高く、日本での人気も高まって来ているフィンガースタイルですが、様々なジャンルの技が組み合わさった複雑な演奏を前にすると「何が起こっているか分からない」こともしばしば。
今回はそんな謎多きフィンガースタイルギターの世界について、使われている奏法や技法、道具など様々な視点からご紹介します。
2.道具を使わないジャンル・奏法
まず初めに、道具が使われることが少ない指弾きの奏法やジャンルをまとめました。
2-1 ソロギター(日本)
日本では「ギター独奏」という意味を離れて1つのジャンルのようになりつつあるのが「ソロギター」という言葉。
指やシンプルな道具による優しいアレンジを基本にしていて、全体的に穏やかで馴染みやすい演奏が多い印象です。
ソロギターという言葉と世界観が日本で普及するきっかけになった人として知っておいて欲しいのが上の動画で演奏されている南澤大介さんという方。
南澤さんは『ソロギターのしらべ』という楽譜集の中でジブリ映画のテーマなど数多くの楽曲を一般向けにアレンジされた方で、筆者も昔数冊お世話になっていた他、おそらく今日本で活躍されているプロのアコギ演奏家の方でもこの楽譜シリーズを手に取ったことのある方は多いと思います。
今でもYouTubeでは(一部は編曲者明記なしですが)南澤さんの楽譜に沿った演奏を見かけることがあります。
2-2 クラシックギター
ギターでの指弾きの原型とも言えるのがクラシックギターを使った伝統的な演奏方法。
クラシックギターはナイロン弦という柔らかい材質の弦が張られた昔ながらのギターで、スチール弦の張られた今の「アコギ」とは構え方も違っています。
上の動画で演奏されているのはクラシックギターの名曲として知られるアストリアス(Asturias)という曲。初めて聴いたとき筆者が強い衝撃を受けた演奏です。
開始30秒ほどで始まる耳で追いきれないほどの速弾きは「トレモロ奏法」と呼ばれる演奏技法で、今のフィンガースタイルのギター演奏でも見ることができます。
2-3 フラメンコギター
クラシカルな世界からもう1つご紹介しておきたいのがフラメンコギターによる演奏。
フラメンコギターはスペインの伝統舞踊「フラメンコ」の伴奏音楽の中で発展した楽器で、名前を聞いたことがある方も多いと思います。
こちらもクラシックギターのようにナイロン弦を使ったギターで、ギター音楽としてのフラメンコの難しさは筆者の知る中ではトップクラス。本当に様々な技法を駆使して演奏されます。
とくにフィンガースタイルの中でよく見かけるのは上の動画で1分30秒の位置から始まる「ラスゲアード」と呼ばれるフラメンコ特有の高速ピッキング技法で、1往復の腕振りで3回のピッキングを行うという非常に難易度の高いものです。
あとで改めてご紹介しますが、もしも生爪のままアコギでこんな演奏をすればすぐに爪がすり減って割れてしまいます。
2-4 スラム奏法
スラム(slam:叩きつける)奏法とはその名の通り、ギターのボディを太鼓やカホンのように叩いて演奏する奏法のこと。
パーカッション(打楽器)のようなリズリカルな音を出すことが可能で、知らずに聴いていると本当に複数人で演奏しているかのように聞こえてきます。
ここまで複雑なパターンではなくても、手首でボディを叩いて出す「ドスン」という音や、弦を叩いたり弦に爪を当てて出す「パチッ」という音などは多くのフィンガースタイル演奏で使われています。
スラム奏法は最近日本でもプレイヤーが増えつつある奏法の1つです。
2-5 スラップ
スラップ(slap:引っ叩く)は日本語にすると先ほどのスラムとよく似ていますが、こちらは右手で弦を叩きつけたり引っ張り上げてから離すことでフレット(ネックの表面)と弦をぶつけて「バチバチとした衝突音」を出す奏法です。
普段はアコギよりもベースで耳にすることの多い奏法ですが、ギターでも非常にエッジの効いた鋭い音を出すことが可能でフィンガースタイルはもちろん、その他多くのギター音楽に取り入れられています。
ちなみに動画のMolly Tuttleさんはソロギタリストではなくカントリー(ブルーグラス)系のシンガーの方ですが、アコギ全般の演奏技術がとても高く、この曲でもソロギターレベルのスラップが多用されていたのでご紹介させていただきました。
2-6 タッピング
タッピング(tapping:軽く叩く)はまたしても「叩く」という翻訳なのですが、こちらは「素早く勢いをつけて押弦する」ことで弦を弾かずに音を鳴らす奏法。
ギターには元々「ハンマリング」や「プリング」などのように左手だけで音を鳴らす技がありますが、タッピングはそのさらに応用のようなものです。
フィンガースタイルにもよく登場するタッピングは元々エレキギター生まれと言われる技法で、アコギはエレキに比べると押弦に必要な力が大きく、その難易度も高いです。
ちなみに、アコギを演奏しているMarcinさんはアメリカの有名な(とてもシビアな)オーディション番組でベートーヴェン交響曲『運命』をギター1本で演奏して会場を圧倒し勝ち進んだような演奏力の持ち主。
また、ゲスト参加でエレキギターを演奏しているIchikaさんはなんと日本の方で、日本ではもちろん、タッピングでは世界でも有名な方です。
3.道具の種類と演奏技法
続いて、道具を使った演奏や技法をそれぞれの道具ごとにまとめました。
3-1 サムピック
サム(thumb:親指)ピックはその名の通り「親指にスポッとはめて使うピック」のこと。
サムピックは小文字の「q」のような形をしていて、人差し指でピックを支える必要がないため演奏中に全ての指を自由に動かすことができます。
指弾きよりも大きくて艶(つや)のある音を出すことができ、そのままコードバッキングもできるため、フィンガースタイルの演奏ではとてもよく使われる道具です。
ただし、一般的なフラットピック(弾き語りなどでも多く使われている三角形のピック)と違ってピックが親指にしっかり固定されるため「脱力した表現」は難易度が高く、とくに自然な印象のコード音を鳴らすにはフラットピック以上の技術が求められます。
動画内で演奏されているTommy Emmanuelさんはオーストラリア出身のギタリストで、運指や技法的な面ももちろんですが「シンプルにアコギを良い音で鳴らす」という技術がとても高く、一部では「アコギの神様」とも言われるほど素敵な演奏をされる方です。
ギターはMaton(メイトン)という母国のメーカーのものを愛用していて、日本での取り扱い店舗はそれほど多くないものの、フィンガースタイル好きの間では密かに有名なメーカーになっています。
オーストラリア産の木材から生まれるカラッと乾いた印象の音やTommyの演奏に憧れてこのギターを手にする人は少なくありません。
→サムピック(L) |Amazon
→サムピック(M) |サウンドハウス
※通販ではサイズやメーカー、素材選びが難しく、楽器店での購入をおすすめします。男性はLサイズ、女性はMサイズの方が合う場合が多いとは思います。
3-2 フィンガーピック
フィンガー(finger:親指以外の4本の指)ピックは人差し指、中指、薬指、小指の先にはめて使う指先用のピックのこと。
日本の感覚では少し違和感がありますが、英語圏では親指をサム、そのほかの指をフィンガーと呼び分けているためサムピックはここには含まれません。
とくに有名なのはアラスカピックと呼ばれるフィンガーピックで、動画内のJosephine Alexandraさんがサムピックと合わせて使用しているものです。
フィンガースタイルでは爪を酷使する演奏も多く存在するため、爪を伸ばせない場合やお手入れ(補強など)が面倒な場合にもとても便利なものだと言えます。
使用感はほとんどそのまま「指先用のサムピック」という感覚で、力加減は指と比べるとかなり難しいですが、単音でもハッキリと太い輪郭の音を簡単に出すことができます。
ちなみに、アラスカピックは「加工して使うもの」という話もよく聞きますが、サイズが合っていれば無理して加工する必要はありません。
知名度のある方の演奏で実際に見かけることは珍しく、上の動画も初めて見たときはアラスカピックとその音に目を奪われました。
→アラスカピック |Amazon
→アラスカピック(M~XL) |サウンドハウス
※こちらは楽器店によっては置いていないこともあるのですが、やはり通販では選ぶのが難しく、男性はLサイズ、女性はMサイズが標準的なサイズ感かと思います。Amazonは模造品と思われる物や高すぎる物も多く混沌としていますが、元々は1つ400円前後のピックです。
3-3 フラットピック
フラットピックは一般的に広く使われている三角形の平たいピックのこと。
フィンガースタイルで使われることは珍しいですが、奏法としては「チキンピッキング」に近く、ピック弾きとしては「最大限柔軟な演奏」ができるため弾きたいフレーズによってはこちらの方が向いていることもあります。
とはいえ、人差し指を「ピックをつまんだ形」にしたまま他の指を動かすのは実は難易度が高く、かなり「指の分離」を練習した人でなければ難しい奏法だとも言えます。
先ほども登場したTommy Emmanuelさんはピック弾きの技術も高く、まるでエレキギターのように軽々とスウィープ奏法や速弾きなどをされていることもあります。
3-4 ギター用ネイル
ギター用ネイルは爪の補強のために使うネイル(マニキュア)のこと。
とくに爪を使ってコードストロークなどをする場合はすぐに爪がすり減って割れてしまうので、それを防ぐためにコーティング剤を使用します。
有名なのはネイルカンパニーのグラスネイル(Nail Company – Glassnail)と、カイナのザ・ギタリスト(Kaina – The Guitarist)の2種類。
どちらも日本のネイルサロン生まれの商品で、グラスネイルは硬質で少し光沢のある素材でキラキラとした音、ザ・ギタリストは柔らかくてあまり光沢のない素材で生の爪に近い音がします。
ちなみに海外(英語圏)では「ギターに特化したネイル」というのはあまり作られていないようで、通常の爪を保護するためのネイルやベースコート、サロン、もしくは日本のギター用ネイルもしばしば使用されているようです。
コードストロークを使ったフィンガースタイルで見かける方々はこうした「ネイル」をしていることが多く、付け爪やアラスカピックなどが使われていることは動画作品では珍しいと言えます。
ちなみに、上の動画の押尾コータローさんは日本では先駆けて今のフィンガースタイルに近い演奏をされていた方で、グラスネイルの存在が有名になるきっかけにもなった方です。
→グラスネイル(キット) |Amazon
→ザ・ギタリスト |Amazon
※サウンドハウスにはどちらも取り扱いがありませんでした。グラスネイルは非常に高価なため、筆者は爪弾きをメインで練習していたころはザ・ギタリストにお世話になっていました。
3-5 グライダーカポ
グライダーカポは「ネジを回したりグリップを握ったりすることなく」そのままスルッと横にずらすことの出来るカポのこと。
通常の伴奏などで使うこともできますが、とくに「開放弦」を使用しなければ弾けないフレーズが多く転調の難しいフィンガースタイルの演奏で重宝されています。
上の動画内でグライダーカポを使った転調がされるのは「およそ3分(動画の終盤1/4くらい)」の場面。
演奏しているKOYUKIさんはカントリーギターの好きなソロギタリストの方で、日本では一番大きな指弾きのコンテスト(フィンガーピッキング・デイ)の受賞作でもあるこの演奏はなんと中学生の頃のもの。見た時にかなり衝撃を受けた記憶があります。
ご本人は記事内にも登場しているTommy Emmanuelさんの大ファンで、ギターもMatonのものを愛用されています。
※実は記事の初めの方にご紹介した「ソロギター(南澤大介さん)」の映像内でもメインテーマ冒頭でグライダーカポが使われています。
→グライダーカポ |Amazon
→グライダーカポ |サウンドハウス
※Amazonでは1000円ほどの商品もたくさん出ていますが、リンクは純正品(開発元)のものです。
3-6 スパイダーカポ
スパイダーカポというのは「好きな弦だけを選んで押さえることができる」カポのこと。
色々言いたいことはあると思うのですが、上の動画では「真ん中から生えているネック」についているカポのうち「ボディに近い方」がスパイダーカポです。
基本的に通常の伴奏で使われることはほとんどなく、フィンガースタイルの中でも特殊な演奏に使われるカポだと言えます。
動画のLuca Stricagnoliさんは印象的で珍しいスタイルのアコギ演奏動画を数多く投稿されている方です。
ちなみに、一番上のネックに巻かれている「黒い布」はタッピングによって出てしまう余分なノイズを抑えるためのもの。
右手親指についている「サムピックのようなもの」は少なくとも筆者は楽器屋さんで見たことがないのですが、おそらくアタック音(打音)の気に入った硬質ゴム(もしくは樹脂)製のリングを指にはめているのだと思います。
→スパイダーカポ |Amazon
→スパイダーカポ |サウンドハウス
※スパイダーカポはおそらくはAmazonリンクとして載せているD’Andreaの製品(https://spidercapo.comによる販売品と同じもの、かつ、NAMM受賞の旨がパッケージに書かれているもの)が開発元ではないかと思います。ただ、TONE GEARのスパイダーカポに関してもネジの部分に同じロゴが入っていることから、同一の商品を2つの業者が扱っているという状況なのだと思われます。TONE GEARについては詳しい情報がなく、詳細が分かりませんでした。
4.さらに特殊なスタイル
最後に、ややおまけ的ですが少し変わったスタイルの演奏をご紹介します。
4-1 複数人で1つのギター
こちらは指弾きギターの演奏としては有名な動画で、1つのギターを「4本の手」で演奏するというもの。
演奏自体がすごいのはもちろんですが、その発想が面白く、数多くのパロディやオマージュ作品が作られています。
筆者が初めてこの動画を見たのはまだ中学生の頃で、動画内の演奏曲が2人のオリジナルではなく「Jerry’s Breakdown」という曲であるということを知ったのは大人になってからでした。
Jerry’s Breakdownはその後筆者に指弾きの基礎を教えてくれた大切な曲です。
Four Hands Guitarの影響を受けたと思われる動画の中でもギター演奏として面白いのが「5人で1つのギターを演奏する」というもの。
知らない人に聴かせれば、もしくは目を瞑って聴けば、まさか1つのギターだけで演奏されているとは思わないでしょう。
ぜひ、どの人がどんな音と演奏を担当しているのかを探しながら見てみてください。
4-2 1人で2つのギター
記事の最後を飾るのは2度目の登場となる “Mr.Luca”。
この演奏スタイルについてはもはや説明することもないのですが、寝かせてある方のギターは6弦以外全てプレーン弦という初めて目にする弦の張り方であることに加えて、黒いガムテープで貼り付けられている「反り返った銅板のようなもの」はおそらく手作りではないかと思われます。
ギター表面に板を貼り付けて打ち鳴らすという技法はフィンガースタイルの中でたまに見かけるもので、その素材はプラスチックなどで作られている場合が多いです。
この他にも、ギターにはトップ板の塗装を剥がして引っ掻く「スクラッチ」と呼ばれる技法や、お箸やボールペンなどを使って「バイオリンのような音を出す」技法など、さまざまな発想で作られた”技”が存在します。
今回ご紹介させていただいたのは数あるフィンガースタイル演奏の中のほんの一部ですが、ご自身でギターを弾かれる方も、そうでない方も、1つでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。
筆者の好みによる側面も強い記事となってしまいましたが、今日は最後までお付き合いいただきありがとうございました。