謎の多い太鼓現象の仕組みについて、なるべく分かりやすく解説しました。
1.防音界の謎 |太鼓現象

防音について勉強していると「壁や床を二重にするとむしろ防音性能が下がってしまう」という不思議な現象の解説に出会うことがあります。
そしてその理由として必ず登場するのが「太鼓現象」という言葉。
一体どうしてそんなことが起こるのかと気になっても、調べて出てくるのは曖昧で短い説明ばかり。難しい言葉での解説や書籍すら見当たりません。
計算式(物理の公式のようなもの)が公開されているので未解明の現象ではないのですが、どうやら一般向けの詳しい解説はほとんど存在していないようです。
今回はそんな太鼓現象の意味や仕組みについて、なるべく分かりやすくお話ししていきます。
※この記事は日本建設業連合会で公開されている計算式と実験データを一般の「物理現象と公式」から紐解くことで書かれています。
2.太鼓現象とは

太鼓現象とは「間に空気の層がある二重の板」において、特定の高さ(周波数)の音でだけ遮音性能が大きく下がってしまう現象のこと。
建物の防音を考える上では二重構造の大きな欠点として知られていて、二重壁や二重天井、二重床、ペアガラス(複層ガラス)など、あらゆる場所で起こります。
とくに、二重床は「重量衝撃音」と呼ばれる音(足音など)を下の階に伝わりやすくしてしまうことが分かっています。

太鼓現象によって遮音性能が下がってしまう理由は、二重壁で「共鳴(共振)」と呼ばれる現象が起きているから。
共鳴が起こると壁の間にある空気が「二つの壁をつなぐバネ」のような役割をして、二重壁はまるで「1つの共振したバネ振り子」のように大きく振動を始めるため、壁の向こう側にも音や振動が伝わってしまうのです。
これは「太鼓の音が響く仕組み」にも近いものなのですが、楽器の好きな筆者は初めこの説明をなかなかスッと理解できませんでした。
2-1 楽器の共鳴と太鼓現象

「共鳴(きょうめい)」というのは太鼓やアコースティック楽器、オルゴールなどが大きな音を出せる理由としても有名な言葉です。
一般に多くの楽器は音を響かせるための「箱状の構造」(楽器によって胴やボディなどと呼ばれる)を持っていて、その中で「音を何度も反射させて重ね合わせる」ことで大きな音の波を作り出しています。

音の波は重なると「強めあう」だけでなく「弱めあう」こともあるので、例えば日常の中でランダムに反射した音が重なって突然大きくなったりすることは滅多にありません。
そこで、楽器の胴は「ちょうど反射した音同士が強め合う重なり方をするように」調整して作られています。
この「音と音が重なって強め合う状態」こそが「一般的な音の共鳴」です。

共鳴した状態を作るために最低限必要な胴の大きさは「音によって空気が揺れ動く幅」(これを音の波長と言います)によって決まっているので、本来ズルしてそれより小さいサイズで同じ響きの楽器を作ることは出来ません。
そして音は低い音になるほど波長が長くなる性質があるので、例えば和太鼓やコントラバスなどを見ても分かるように「豊かな低音を響かせる楽器はどれも巨大」になるのです。
しかし、実際の防音での「太鼓現象」はわずか数mmから数cmという楽器では考えられないほど狭い幅の空気で「低音」を伝えてしまいます。
また、実は本物の和太鼓も「胴の大きさと波長から予想される音」だけでなく「さらに一回り低い音の方が強く響く」という不思議な一面を持っています。
つまり、太鼓や太鼓現象の共鳴と「一般的にイメージされる音の共鳴」は全く仕組みが違うのです。
2-2 太鼓現象と共鳴透過

太鼓現象は難しい言葉では「共鳴透過」と呼ばれ、とくに建築と防音では低音で起こることから「低音域共鳴透過」とも呼ばれます。
共鳴透過については日本建設業連合会がこちらのページで言葉の定義や実験データ、計算式などを公開してくれています。
そこで紹介されている共鳴透過の計算式は、物理学で言えば「バネについての公式」とよく似た形をしていて、「共鳴についての公式」(気柱共鳴の公式など)には全く当てはまりません。
このことから、太鼓現象はどうやら「音よりもバネに近い性質を持っている」ことが分かります。
※物理の計算式は現象を説明した言葉のようなもので、それが同じ(似ている)というのはその原理も近いものであるということ。
3.太鼓現象の仕組み

ここまでにも少しお話したように、太鼓現象は理論の上では「バネの共振」に近い仕組みを持っています。
ここから先は、
①空気がバネの性質を持っていること
②バネの共振の仕組み
の2つを通して太鼓現象の仕組みを見てみましょう。
3-1 空気とバネと二重壁

一見すると全く別のものに思える「空気とバネ」は、実はどちらも「変形させると元の形に戻ろうとする性質(弾性)」を持っています。
まず、コイル状のバネは「元の長さに戻ろうとする性質」を持っているので、縮められると伸びようとし、引っ張られると縮もうとします。これは簡単ですね。
一方で空気は「元の気圧(密度)に戻ろうとする性質」を持っているので、圧縮されると広がろうとし、引き延ばされると縮もうとします。

例えば、炭酸飲料のペットボトルの中に詰め込まれて「圧縮された(過密になった)空気」はフタを開けると元に戻ろうとしてプシュッと吹き出してきますが、これはおもちゃのびっくり箱ともよく似た仕組みです。
また車ではタイヤの衝撃を吸収するために金属のバネの代わりに空気のバネ(エアサスペンション)が使われていたりもします。

ただし、空気がバネとしての働きをするためには1つだけ「密閉されていること」という条件が必要です。
というのも、例えば炭酸飲料もコップに注いでしまえば穏やかに炭酸が抜けていくだけなのと同じように、密閉されていない空気に力を加えてもそれは「ただの風となって」消えてしまうから。

一般的な建物の二重壁は隙間なく密閉されているので、そこに閉じ込められた空気はバネとしての役割を果たすようになります。
つまり、二重壁は壁という「音で振動する重り」のついた巨大なバネ仕掛けだと考えることができるのです。
3-2 バネの共振と太鼓現象

さて、前半でお話した「音の共鳴」とはまた少し仕組みが違うのですが、バネも「共振(きょうしん)」といって特定の振動を増幅させる性質をもっています。
例えば上から吊るしたバネに重りを取り付け、少し引っ張って離すとバネはまるで「縦向きの振り子」のように一定の周期で伸びたり縮んだりする振動を始めます。

そして、この振動にピッタリ合う周期で新しい振動(外力)を加えてやるとその力はバネの振動を強める形で重なり、重りの振れ幅はどんどん大きくなっていきます。
これはちょうど「ブランコが後ろに戻ってきたタイミングで背中を押してあげる」ことにも似た状態。
こんなふうに「その物の固有の振動」が重なって強くなっていくことを「共振」と呼び、とくに音(空気の振動)によって起こる共振を「共鳴」と呼びます。

つまり、「二重壁という巨大なバネ仕掛け」の振動と同じ速さで振動する音(外力)が壁にぶつかると、「仕掛け全体で振動が増幅される」ことになり、結果としてその振動は反対側まで筒抜けとなるのです。
これが「太鼓現象の仕組み」です。
4.音の高さを計算する

太鼓現象で通り抜けてしまう音の高さ(周波数)は
①壁の重さ
②空気層の厚さ
で決まります。
基本的には壁の重さが重くなるほど、空気層の厚さが厚くなるほど、二重壁を通り抜けられる音の高さは「低くなる」と思ってください。
厳密にはその日の気圧や湿度などなども影響するのですが、「真空を利用した二重構造」でもない限りあまり気にしなくていいかと思います。
一応正確な計算式も2種類載せておきますね。
①2つの壁が同じ重さの場合

まずは「2枚の壁の重さが同じ場合の計算式」です。
ここでのmは「壁全体の重さ」ではなく、「1㎡あたりの壁の重さ」(面密度)であることに気をつけてください。
また、単位の(mm)や(m)を揃えないと計算結果が大きくずれることにも要注意です。
※定数に近い部分を4桁までで四捨五入して計算しているので、必要であればmやd以外も正確な数字で計算してください。
②2つの壁が違う重さの場合

次に「2枚の壁A・Bの重さがそれぞれ異なる場合の計算式」です。
①の式を元に公式の形にしてみました。
式は検算済みで、この式を使うと日本建設業連合会での実験に「厚さ1mmあたりの面密度がおよそ2.51(kg/㎡)」のガラスが使われていたことがわかります。
物理公式の解説(難)
お好きな方向けの解説です。
筆者の導出過程なので、間違っていたらどうかページ下のお問い合わせフォームから教えてください。
共鳴透過現象の式にあるρc^2は「気体のバネ定数」に相当する体積弾性率k(Pa)と考えることができます。
式のルート内の分母に比率ではなく「単位付きのd」があるのは、体積弾性率が「1㎥の気体に圧力(Pa=N/㎡)を加える場合の弾性率」だから。
分母に単位(m)がポツンとあるわけではなく、「今回考える実際の気体の体積と力を受ける面積」との関係でkに{1・1/1・1・d(㎡/㎥)}を掛けて打ち消しあった結果残ったものと考えられます。
(同じ理屈で、3辺がa,b,d(m)の立方体でも値を置き換えれば同じ形の式になります。)
式②は一般的なバネと同じで、重心の位置に対して片側の壁に対する体積弾性率を求めなおしたものです。
ちなみに、日本建設連合会では同じ二重構造のガラスでも「二重ガラス構造」と「複層ガラス」で言葉を分けていて、この二つで計算上の「厚さ1mmあたりのガラスの面密度」が0.054(kg/㎡)変わります。
これは、一般の複層ガラスが「中空で1枚の窓ガラス」のような形であることから、ガラス内の気体の密度や空気層の気密性、使用するガラスなどの環境が「二重ガラス構造」の測定環境とわずかに違ったことによるものと思われます。(本文中の値は平均値)
5.太鼓現象の防ぎ方
太鼓現象を防ぐ(防音する)ために有効と思われる方法をいくつか考えてみました。
※「単層壁にする」というのは今回は考えないことにします。
5-1 自宅での対策

床に対する太鼓現象の発生を防ぐ場合、自宅での有効な対策は「静音効果のあるカーペットを敷く」ことです。
少し重たい遮音シートや遮音材、本格的な場合は制振ゴムのシートを床に敷くことでも効果は得られると思いますが、とくに賃貸やマンションの場合は中々大規模な対策は難しく、現実的にはなるべく静かに歩いたり、衝撃を吸収してくれるカーペットなどで対策するのがいいかと思います。
また、壁や天井に対しても基本的には吸音材の貼り付けなど「通常の防音対策で使われる手段」以上のことはできません。
ちなみに、太鼓現象によって「他の家から響いてくる音」を防音するのはとても困難です。
※リンクは6畳用のもの。予算が無限なら筆者は厚みのある合成ゴムなどを使ってみたいですが、とても高いだけでなく強い揮発臭がして床などの塗料と反応を起こしてしまう可能性もあるため、過去に二重床を制作した際には「床下側」への部分的な使用にとどまっています。
5-2 設計段階の対策

設計前の段階であれば色々な対策が考えられます。
ここでは、太鼓現象の仕組みや性質を利用するもの、発生を防ぐもの、減衰させるものの3種類に分けてみます。
※写真は筆者の用途では吸音効果が勝っていると思われる過去の二重床制作の様子。計算視点での再検証も必要かもしれません。
①太鼓現象の性質を利用する
まずは太鼓現象の性質(計算式)を利用して、太鼓現象で伝わる音を「可聴域」の外に出してしまうという方法。
個人差はありますが人が聞き取れる音は一般に20〜20k(Hz)くらいだと言われているので、計算で求められる周波数をこの外になるようにしてしまえば太鼓現象は「実質無視」できます。
現実的に防音を考える場合は「透過音を低音側にずらしていく」ことになるため、空気層の広さを広くしたり、板材を重たいものにするというのが有力な候補となりそうです。
※この二つは太鼓現象に関係しない帯域の防音にもとても有効。
②発生を防ぐ
太鼓現象の発生には壁の間にある空気、バネの役割をする気体の存在が必要不可欠です。
つまり、二重構造の内側を「質の高い真空状態」にすることが出来れば、太鼓現象は発生しないことになります。
壁や床などでは難しいとしても、窓ガラスでは一考の価値がありそうです。
③音を減衰させる
音を減衰させる方法として考えられるのは吸音と板材の制振です。
「空気層に吸音材を充填する」という方法は「バネ振り子のバネを摩擦の大きいものに変更する」ようなものです。
また、板の制振性を高める(楽器で言えばミュートのようなもの)という方法は「振動が空気に伝わる前になるべく吸収してしまう」ということなので、特に床での太鼓現象を防ぐ上では効果が期待できます。
言うまでもありませんが、吸音はもちろん、制振も音を減衰させることが目的であって、よほどのレベルでなければ「透過音が聞こえなくなる」ことはありません。
④壁に隙間を開ける?
壁に隙間を開けることで「圧力の出口」を作って太鼓現象を防ぐというのは一見有効そうではありますが、例えば壁の端に細い隙間が空いた程度ではほとんど影響なく太鼓現象は発生すると思われます。
※「とても広い壁」は隙間の存在を無視でき、「とても小さい隙間」は空気の弾性によってほとんど壁のような振る舞いをするため。
かといって隙間を増やせばほとんどの場合は二重構造にする意味が薄れてしまうことから、この対策はあまり現実的ではないと言えそうです。
6.関連する現象など
よく一緒に登場する言葉や近い現象について簡単にまとめました。
6-1 コインシデンス効果
場合によっては太鼓現象とごちゃごちゃになって紹介されているのがコインシデンス効果という共鳴現象。
コインシデンス効果というのは、「壁に対して斜めにぶつかる音」と「壁で生まれる屈曲波と呼ばれる波」が共振と同じ状態を作って壁の遮音性を下げてしまう現象のこと。
簡単に言えば、壁自体の振動(壁と垂直方向の振動)ではなく、「壁の表面を伝わる波」(壁と平行方向の振動の伝達)と音の間で起こる共振です。
難しい仕組みですがコインシデンス効果は太鼓現象とは全く違う現象で、「斜めに音がぶつかると思いもよらない音が透過してしまうことがある」という現象だと思ってください。
6-2 自室内で足音や生活音が響く
太鼓現象について調べていた時によく見かけたのがこちらの内容で、二重床の住宅で自分の足音やお風呂場の音などが部屋中に響いてしまうというもの。
太鼓現象による音の増幅は「一方通行」ではないのでもちろん自室側の音も大きくなりますが、もっと直接的な原因は「板がコンクリートよりも遥かに振動しやすく空気を揺らしやすいこと」「床下が空間として繋がってしまっていること」だと思われます。
出来る対策は太鼓現象とあまり変わらず、通常の賃貸やマンションではカーペットなどで対策するのが現実的です。
6-3 二重壁で起こる波としての共鳴
二重壁の中でもいわゆる「楽器のような音の共鳴」は起こっていて、具体的には壁の間で「定常波」と呼ばれる波が生まれることで共鳴します。
ただ、こちらは太鼓現象のように「直接反対側の壁と一体になって振動する」ようなものではなく、隙間が狭い場合には「高い音」でしか定常波が生まれないことから、太鼓現象ほどの防音性の低下はありません。
ただし、太鼓現象の透過音域と「空気層の中で壁と平行方向に生まれる定在波」の音域が重なった場合、防音性能がさらに低下する可能性があります。
最後の方は少し難しい言葉が多めになってしまいましたが、何か調べ物の足しになれば幸いです。