ギタートップ板の膨らみ修理に挑んだお話

重石を使ったトップ板の膨らみリペアメンテナンス

ギタートップ板の膨らみ/浮きのリペアに挑んだときのお話です。

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1.ギターのトップ板の膨らみ

アコギのブリッジリペアの様子

筆者田村が現在のアコギを買ってから8年目の夏、前回のセルフリペアから数年が経ち、また少し浮いてきたブリッジの再接着をしていたときのこと。どこか違和感を感じた筆者は、「トップ板の膨らみ」と呼ばれる症状が自分のギターに現れ始めていることに気がつきました。

※以前のブリッジ浮き修理に関してはこちら(アコギのブリッジ浮きの原因と修理の方法)から。

1-1 トップ板の膨らみとは

トップ板の膨らみで定規の浮いたアコギ

トップ板の膨らみとは、ギターの表側に使われている板(表板/トップ板)が膨れたような形に変形してしまうこと。特に弦を支えているブリッジの後ろ側で起こる変形のことを指します。

1-2 トップ板の膨らみの見つけ方

トップ板の膨らみを確認する様子

トップ板の膨らみはギターを寝かせ、ブリッジの後ろに地面と水平に定規をあてることで正確に確認することができます。ただし、表板には元々「アール」と呼ばれるカーブのついたアーチトップのギターも多いため、「定規が浮いていればなんでもリペアが必要」というわけではありません。数年以上お使いのギターで「ポコっとブリッジ後ろだけが膨らんでいる」「何か不具合を感じている」ようであれば一度リペア工房などに相談に行くのが良いでしょう。

※ギターリペア、とくにネック調整などでよく見かける金属製の長い定規はホームセンターなどで手に入ります。プラスチック製のものでも十分です。

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1-3 トップ板が膨らむ原因

トップ板が膨らむ仕組み

トップ板が膨らんでしまう主な原因は「湿度」と「弦の張力」です。

木材は湿度が高いほど水分を吸収して膨らむ性質があるのですが、この膨張によって押し出された木材はギターの中央付近で山のような膨らみを作ります。また、70kgにもなるという弦の張力(の一部)も常にトップ板を上に引っ張り続けています。

これらの張力や湿度による小さな変形の繰り返しによって、ギターのトップ板は長い年月の中で膨らんだような形に固まってしまうのです。

2.トップ板の膨らみによって起こること

ギターのトップ板が膨らむことによって起こりやすい不具合は大きく分けて3つです。

2-1 弦高の変化

弦高を測る様子

1つはブリッジ部分の木材が盛り上がってしまうことでギターの「弦高」が高くなってしまうこと。弦高が高くなれば押弦に必要な力は大きくなり、運指に求められる正確性や演奏の難易度が上がります。さらに弦の張力の加わる方向が変わってしまうため、弦高が上がるほどネックは反りやすく、トップ板の膨らみは進行しやすくなっていきます。

2-2 ブリッジの浮き/剥がれ

紙を使ったブリッジ浮きのチェック

ブリッジ浮きというのは、ブリッジ部分の木材がトップ板の変形に耐えきれずにトップ板から剥がれてしまうこと。これが起こるとサドルに伝わった音色をうまくボディで響かせることができなくなったり、不要な共振で音が割れてしまう可能性があります。もしも初めてのリペアであれば、トップ板の膨らみに気が付く頃には併発していることも多いでしょう。

2-3 ブレーシングの浮き/剥がれ

アコギ内部のブレーシング材

こちらはギターの内側で音を複雑に響かせたり変形を防いだりするために使われている「ブレーシング」と呼ばれる部位がトップ板の変形に耐えられず剥がれてしまうこと。ギターの美しい倍音成分が減ってしまう他、ブリッジと同様に共振によるノイズのような音割れの原因となります。

ブリッジやブレーシング材には「トップ板を支える柱」のような役割もあるので、ブリッジ/ブレーシングの浮いたギターはより変形に弱くなってしまいます。

3.軽度のトップ板の膨らみは自然に治る可能性がある

アコギの弦を外して休ませている様子

ギターに起こった湿度や温度による不調は「自然に治る場合」があります。例えば、一時的な梅雨の湿気などに当てられて反ってしまったネックは、弦を緩めてよく乾いた部屋に置いておくと大抵の場合3日もすればトラスロッドを回すことなく治ります。これは水分を吸って膨らんでいた木材が、今度は水分を放出することで元の形に戻るからです。

トップ板の膨らみに関しても、まずは弦をしっかり緩めて、夏場の場合はエアコンをつけた部屋や乾燥剤を入れたギターケース内など、除湿した環境に数日から1週間ほど置いてみて下さい。ただし極度の乾燥やエアコンの直風はギターに良くないため、急いでカラカラに乾かすようなことはしないようにしましょう。

※アコギの適正保管湿度はおよそ40〜50%というのが今の定説です。

4.工房/楽器屋さんでのリペアについて

さて、アコギのトップ板が経年で膨らんでしまうのは構造上避けられないことですが、実は多くの工房や楽器屋さんでは固定の料金メニューへの「トップ板の膨らみ修正」の記載がありません。これはトップ板の膨らみが「治らない」もしくは「定額では扱えない」ということを意味しますが、一体なぜでしょうか。

4-1 トップ板の膨らみ修正が料金表にない理由

これは各リペアショップの方針にもよると思うのですが、例えば「リペア」や「治る」の意味を「ギターを元の状態に復元/調整すること」だとしてみます。

ギターの表板にはネックのように調整用のロッドがついているわけではありませんし、内側の接着剤が緩んでしまうので熱による矯正もできません。

トップ板に膨らみ癖がついてしまったギターの場合、内側に「新たに添え木」(音への影響を抑えたもの)などを取り付けて矯正していく工房さんもあるようですが、ギターの命であり音の個性を作る部分に手を加える以上、これは構造的にも演奏感的にも「元に戻った」と言って良いのか微妙です。

背面にアールのついたアコギ

また、ギターによっては元々トップやバックに「アール」と呼ばれるカーブがついたものがあります。筆者のギターのように量産モデルのものであればまだ良いのですが、このアールの有無や度合いは作ったルシアーさんのみが知ることです。つまりリペアショップにとっては「単にトップ板を真っ平らにする」ことが正解だとも言えないわけですね。

ギターは一本一本サイズや全体の形が違います。こうなると、仮に治る程度のものであってもトップ板のリペアには毎回オーダーメイドのような下調べと専用の作業台が必要になってしまいます。治るかどうかもわからず目指す形すらあやふやなリペアを「一律の料金表」で受け付けることなど出来るはずもありません。

これは筆者の考察に過ぎませんが、多くの工房さんでトップ板の膨らみに関する記述がないことにはこういった背景があるのではないかと思います。

4-2 トップ板の膨らみはもう治らない?

ならば湿度調整によって治らなかったトップ板の膨らみはもう諦めるしかないのかという話ですが、決してそんなことはありません。

仮にトップ板の膨らみそのものが治らなかったとしても、弦高や音割れへの対応方法はたくさんあります。また、ブレーシングやブリッジは「トップ板の形状を正しく維持する」ためにとても大切なパーツでもあるので、この2つの浮きを治してもらうことでトップ板の膨らみが大きく改善するケースもあるでしょう。

なので、治る治らないはさておき、筆者からは一度リペア工房の職人さんにギターを見てもらいながら相談してみることをお勧めします。買い替えが必要なのか、他にどういった選択肢があるかなど、きっと親身になって教えてくれるはずです。

5.セルフリペアについて

ここからは自分自身でギターを修理する「セルフリペア」についてのお話です。どうか必ず注意点からお読みください。

5-1 セルフリペアの注意点

セルフリペアは逆立ちしても「素人によるリペア」であり、「リペアも含めてギターを楽しみたい」という場合を除いては本来大切なギターに行うべきものではありません。失敗した場合にはギターそのものをダメにしてしまう可能性があります。

また、一般的な竹や木材などの変形加工には熱湯などが使われますが、ギターの組み立てに使われている接着剤は「水と熱で緩む」という性質を持っています。今回トップ板の膨らみの修理にあたって「ギターに水をかける」もしくは「全体を高温にさらす」といった行為は絶対にしないでください。熱湯などによる処置はギターの内部構造に致命的なダメージを与える可能性が高いです。

5-2 作業工程

筆者が実際に行ったリペア作業の工程です。8年連れ添い大切に思っているギターに対してのものではありますが、あくまで百戦錬磨のリペアマンが書いた記事ではないことだけご了承ください。

①使用ギターの構造と制限

Taylorギターのアール

今回修理するギターはTaylor Guitarsの214ceというエレアコ。表板と裏板に元々アールがついているため、「真っ直ぐな木材とクランプによる矯正」はできません。

※Special Thanks

今回は参考として現行新品のTaylor214ceの「アール」を確認するため、全国チェーンの楽器店「島村楽器」で新品のギターをよく見せていただきました。事情を相談させていただいたスタッフの方が「よければお使いのアコギの状態も見ますよ」とまで言ってくださり、ご協力とお心遣い心より感謝いたします。

②修理前の状態

修理前のトップ板の膨らみ(4mm)

・ブリッジ後部に定規を当てて両端およそ4mmの浮き
・わずかなブリッジ剥がれ(修正済み)
・激しめの演奏で低音に薄い音割れあり
・新品と比べてブリッジ後ろの膨らみが大きい
・使用8年目、基本弦は緩めずほぼ毎日使用

※弦を張った状態で測定

③湿度調整と様子見

弦を緩めて乾燥中のギター

まず初めにおよそ1ヶ月間、弦を完全に緩めた状態でギターを乾燥状態に維持しました。

トップ板の膨らみ修理の途中経過(3mm)

これだけでも弦を外してのトップ板の膨らみは約3mmまで下がり、音割れなどの不調もおさまりました。

ところが、また弦を張って(乾燥状態は維持しながら)1ヶ月ほど使用したところでトップが少しずつ膨らみ始め、音もうっすら割れてきます。残念ながらトップ板には既に「膨らみ癖」がついてしまっているようです。そのためここからは少し負荷をかけて木材を「矯正」していきます。

④重石を使った矯正

重石を使ったトップ板の膨らみリペア

今回はクランプが使えないので、古典的ですが重石を使ったトップ板の矯正を行ないました。使用したのは1.5Lのペットボトル4本(計6kg)、ギタークロス(力の調整用)、角材(均等に力を加えるために必須/今回は2×4材の端材)で、後述の3つの角度から数日をかけて慎重に形を直します。

リペア中アールを保護するクッション

また、リペア中はネックと背面のアールに大きな力が加わってしまわないように、各部にクッションを挟んでいます。

※6kgというのは張力70kgに比べると軽すぎるように思えますが、いつも弦がブリッジを引っ張っているのはほとんどネックに沿った方向なので、縦向きとしては十分すぎる重さです。(詳しくは高校物理/数学のベクトル参照。)

❶張力と逆向きの矯正
重石を使ったトップ板矯正(ブリッジ部)

まずはギタークロスでブリッジとトップ板の間になだらかなクッションを作り、いつもブリッジが受けていた張力となるべくピッタリ逆方向に6kgの力を加えて1日置きます。始めに大まかな歪みを取る目的です。

❷低音弦側の矯正
重石を使ったトップ板矯正(低音弦側)

弦の張力は低音弦側の方が強い性質があるので、次は低音弦側のブリッジからトップ板だけに力が加わるようにクッションを作り、3kgの力を加えて1日置きます。わずかに低音側へ偏っている膨らみを修正するためです。

❸全体の矯正
重石を使ったトップ板矯正(全体)

最後に、なるべく膨らみ方を均一にするためにトップ板の上に広くギタークロスを敷き、6kgの力を加えて1日置きます。ここではブリッジには力を加えません。これで重石による矯正はお終いです。

❹矯正中の湿度と時間管理

重石を使って矯正をしている期間は数時間単位でエアコンを切って夏の空気を取り込み、「湿度と室温が高めの時間」を作りました。これは木材をより柔らかく動かし、しっかりと固めるためです。(急すぎる温湿変化は避けましょう。)

※重さや時間の配分は筆者の経験から「ギターの木はこれくらい動くな」「このくらいならギターに余分な負荷をかけないな」という感覚に基づいて決めたものですが、実際には合間に細かく状態を確認しています。もしセルフリペアをされる方は十分慎重に作業してください。

⑤調整後の状態

リペア直後のトップ板

重石による矯正を終えてそのまま1日寝かせたトップ板です。写真だけでもかなり定規との隙間が狭くなっているのが分かるでしょうか。

リペア後のトップ板の膨らみの度合い

隙間の計測値は2.5mm。弦を張ってしばらく置いても3mm弱までしか戻らず、数ヶ月経って記事を書いている今でも音割れなどが再発する気配はありません。ひとまず、「トップ板の膨らみの応急リペア」は成功としても良いでしょう。

6.今後の調整について

さて、間に合わせの修理にはなんとか成功したものの、今回のリペアにはいくつか課題も残っています。それは「今後、弦を緩めるなどの対応をとった方が良いのか」と、「音割れの直接の原因はなんだったのか」です。

弦を緩めたことによるネックのねじれ

これは今回の様子見期間で1ヶ月弦を緩めた後のネックの状態ですが、ほんの少しだけ「低音弦側が持ち上がるようにねじれている」のが伝わるでしょうか。この程度であれば弦を張ればすぐに治ってしまいますが、筆者が普段は弦を緩めない理由の1つがこのネックのねじれです。

ただギターが古くなって今後トップ板の膨らみや元起きなどの症状が頻繁に出始めるようであれば、少しバランスをとったメンテナンスの仕方を考える必要がありそうです。この辺りのことは、近いうちに大昔の記事(「ギター保管で弦を緩めるメリットとデメリット」)を大幅に改訂する形で結論を出そうと思っています。

アコギ内部のブレーシング材

また、音割れの直接の原因は丁寧に打診をしても内部の動画を撮っても結局見つけられず終いだったのですが、恐らく直接の解決はできていません。今は全く問題ない状態にまで回復していますが、トップ板の膨らみが再発したり、また音に異常が現れたときには徹底的に調べる必要がありそうです。

いずれにしても、使用10年に近づくギターからはメンテナンスについて改めて気付かされることが多いので、今後何か大切な気付きがあればまた記事にしようと思います。それでは、今回は最後までお読みいただきありがとうございました。

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